滅多矢鱈分析学

滅多矢鱈に精神分析的言説を開陳するブログ、冗談半分です。

マルクス主義と構造主義

構造主義マルクスに対するアンチテーゼである(『わかりたいあなたのための現代思想・入門』p185)という記述を目にし、それが私の理解とは異なるものであったので少し調べてみる。

橋爪大三郎はこの考え方(「アンチテーゼである」)に整合的である。

構造主義マルクス主義を対比すると、両者の違いがよくわかる。
マルクス主義の根底には、ドグマがある。
構造主義にはドグマがない! こう考えなければならないという、証明ぬきの前提がない。そのかわりに議論は、方法(二項対立がどうのという、要するに技法)と、データ(人類学者が現地で調べてきたエビデンス)のふたつだけでできている。構造主義は、科学なのである。(構造主義とマルクス主義の関係性——『はじめての構造主義』のころ)

サルトルは、人間存在を、サイコロのようにこの世界に投げ出されたものとみた(被投性)。 そして、それを悟れば、自分を歴史のなかに投げ入れること (参加)ができる、とした。この考えは、倫理的で、魅力的でもあるけれど、その前提として、(マルクス主義の主張するような)歴 史の存在を信じなけれはならない。
ところがこの点に対して、構造主義ははっきりノーと言ったのだ。構造主義と言ってもいろいろあるので、しばらくレヴィ=ストロースに話を限るが、彼の議論を煮つめていくと、マル クス主義の言うような歴史など、錯覚(ヨーロッパ人の偏見)にすぎないことになる。サルトルにしてみれば、とんでもない主張だ。これで論争にならなかったら、どうかしているだろう。〔…中略…〕
構造主義は、人間や社会のあり方を、歴史(と言って悪ければ、西欧思想の色眼鏡)抜きに直視する方法を発見した。と、少なくともレヴィ=ストロースは信じて、自信満々の様子である。(『はじめての構造主義』p19)

これによれば、社会のいちばん基本的な形は、交換のシステムである。その交換は、利害や必要にもとづくのではなく、純粋な動機(交換のための交換)にもとづくものだ。交換のシステ ムのなかでは、女性や、物財や、言葉が、「価値」あるものになる。しかし、それらが、その「価値」ゆえに交換されるとか、利害動機や機能的な必要にもとづいて交換されるとか考えるわけにはいかない。あくまでも、交換のための交換が基本であり、それが特殊に変化・発達してい った場合にだけ、いわゆる経済(利害にもとづいた交換)が現れるにすぎない。 
このような見解は、デュルケームの考え方に修正を迫るものだ。歴史は進歩の過程である、 というール山紀以来の発想にも打撃を与える。交換のシステムは機能の観点からとらえきれないというのだから、機能主義人類学にも批判をつきつけたかたちになっている。また、経済(下部構造)が文化や精神世界(上部構造)を規定するというマルクス主義の基本的な考え方にも、 まっこうから対立するものだった。人びとの利害なんか、そもそも交換の動機になっていない、 というわけだから。 (『はじめての構造主義』p104)

橋爪は、マルクス主義構造主義によって解体されたと主張する。

テキストはふつう、何かを言いたいためにある、と考えられている。言いたいこと(メッセージ)を読み取るのが、テキストの読解である。ところが、レヴィ=ストロースの神話学は、 テキストを字義どおりに読まない。それは、テキストの表層にすぎなくて、ほんとうの<構造>はその下に隠れている、とみる。テキストをずたずたにして、いろいろな代数学的操作を施してもかまわない、と考えるのだ。 
〔…中略…〕いちど神話分析の方法になじんでしまうと、そういうことはそっちのけで、勝手にテキストを組み換え、ついには、最高のテキスト(聖書)の権威を否定してしまうことになる。それとともに、 「言いたいこと」を伝えていたはずの『神』も、かき消えてしまう。
こうなればマルクス主義だって、安泰じゃない。マルクス主義は聖書に換えて、『資本論』や『共産党宣言』『国家と革命』を権威あるテキストとした。そうして共産党が、テキストの解釈権を独占した。ところがこういうテキストの権威も、共産党の解釈権も、なしくずしに否定されてしまう。いったん構造主義の洗礼を受けたあとでは、どんな権威あるテキストも成立しなくなる。 (『はじめての構造主義』,1988,p124)

しかしこのような橋爪のマルクス解釈は間違っている。

重要なのは、〔・・・〕マルクスがたえず移動し転回しながら、それぞれのシステムにおける支配的な言説を「外の足場から」批判していることである。しかし、そのような「外の足場」は何か実体的にあるのではない。彼が立っているのは、言説の差異でありその「間」であって、それはむしろいかなる足場をも無効化するのである。重要なのは、観念論に対しては歴史的受動性を強調し、経験論に対しては現実を構成するカテゴリーの自律的な力を強調する、このマルクスの「批判」のフットワークである。基本的に、マルクスはジャーナリスティックな批評家である。このスタンスの機敏な移動を欠けば、マルクスのどんな考えをもってこようがーー彼の言葉は文脈によって逆になっている場合が多いから、どうとでもいえるーーだめなのだ。マルクスに一つの原理(ドクトリン)を求めようとすることはまちがっている。マルクスの思想はこうした絶え間ない移動と転回なしには存在しない。(『トランスクリティーク』,2001)

これに対して内田樹構造主義の祖はマルクスであると明確に主張する。

書評を拝見すると、どうやら『寝ながら』でヘーゲルマルクス構造主義の祖であると論じたあたりが『赤旗』書評子の琴線に触れたらしい。
たしかに構造主義がでてきたときは、サルトルの激烈な批判もあって、アンチ・マルクス主義の思潮だというふうに理解する傾向があったのは事実である。
でも、レヴィ=ストロースは青年期にはフランスのマルクス主義ムーヴメントの旗手のひとりだったし、バルトだって初期の書き物はまるごとマルクス主義だし、ラカンコジェーヴヘーゲル講義をヒントにその欲望論を構築したんだから、構造主義=アンチ・マルクス主義というのは見当違いである。
構造主義マルクス主義のいわば正系の子孫である。(10月8日 - 内田樹の研究室)

自分の思考や判断はどんな特殊な条件によって成り立たせられているのか、という問いをつきつめ、それを「日常の生き方」にリンクさせる道筋を発見した最初の例は、カール・マルクスの仕事です。意外に思われるかも知れませんが、構造主義の源流の一つは紛れもなくマルクスなのです。 (『寝ながら学べる構造主義』p26)

ヘーゲルマルクスも、この自己自身からの乖離=鳥瞰的視座へのテイク・オフは、単なる 観想ではなく、生産=労働に身を投じることによって、他者とのかかわりの中に身を投じることによってのみ達成されると考えました。つまり「労働するものだけが、『私は』ということばを口にすることができる」ということになります。〔…中略…〕
私たちは自分が「ほんとうのところ、何ものであるのか」を、自分が作り出したものを見て、 事後的に教えられます。私が「何ものであるのか」は、生産=労働のネットワークのどの地点にいて、何を作り出し、どのような能力を発揮しており、どのような資源を使用しているのかによって決定されます。
自己同一性を確定した主体がまずあって、それが次々と他の人々と関係しつつ「自己実現する」のではありません。ネットワークの中に投げ込まれたものが、そこで「作り出した」意味や価値によって、おのれが誰であるかを回顧的に知る。主体性の起源は、主体の「存在」にではなく、主体の「行動」のうちにある。これが構造主義のいちばん根本にあり、すべての構造 主義者に共有されている考え方です。それは見たとおり、ヘーゲルマルクスから二〇世紀の 思考が継承したものなのです。(『寝ながら学べる構造主義』p32)

以下も参考

資本論』が考察するのは…関係の構造であり、それはその場に置かれた人々の意識にとってどう映ってみえようと存在するのである。

こうした構造主義的な見方は不可欠である。マルクスは安直なかたちで資本主義の道徳的非難をしなかった。むしろそこにこそ、マルクス倫理学を見るべきである。資本家も労働者もそこでは主体ではなく、いわば彼らがおかれる場によって規定されている。しかし、このような見方は、読者を途方にくれさせる。(柄谷行人トランスクリティーク』2001年)

実際にこの目で見たりこの耳で聞いたりすることを語るのではなく、見聞という事態が肥大化する虚構にさからい、見ることと聞くこととを条件づける思考の枠組そのものを明らかにすべく、ある一つのモデルを想定し、そこに交錯しあう力の方向が現実に事件として生起する瞬間にどんな構図におさまるかを語るというのが、マルクス的な言説にほかならない。だから、これとて一つの虚構にすぎないわけなのだが、この種の構造的な作業仮説による歴史分析の物語は、その場にいたという説話論的な特権者の物語そのものの真偽を越えた知の配置さえをも語りの対象としうる言説だという点で、とりあえず総体的な視点を確保する。(蓮實重彦『凡庸な芸術家の肖像』1988年)

問題はマルクスの何が構造主義的ではないか、なのだが…

共時的構造主義に対して、通時的なマルクス主義がおかれるところであろう。

 

どちらが正しいかではなく重要なのはパララックスだ